松田聖子の生い立ちは・・1962年3月10日福岡で
現在の久留米市荒木町。同母方の伯母が院長夫人であった、
高良台病院で生まれた。難産で生まれた時には、
仮死状態であった・・🐶😹
出生名は蒲池 法子(かまち のりこ)。生家は柳川城の
城主であった蒲池氏 第16代目蒲池鑑盛(蒲池宗雪)の
三男・蒲池統安の子孫である。
法子の高祖父は、幕末の柳河藩士の蒲池鎮之である
ファンティックの代表を務める、8学年上の兄・蒲池光久がいる
幼少期太っていた法子は、「ブタまんじゅう」と
呼ばれてからかわれていた。久留米市立荒木小学校卒業後、
久留米市立荒木中学校に入学しテニス部に所属。
ラケットを忘れた後輩にそっと自身のラケットを
差し出す優しさがあり、歌うことが好きで、ラケットの
グリップをマイク代わりにテニスコートでキャンディーズの
曲を歌っていたという。
自宅と同校が隣接しているため、油断して遅刻の
常習者となっていた。なお、1997年には同校創立
50周年記念に正門を寄贈している。中学時代は
スチュワーデスか保母になりたいと思っていた。
母親は二重まぶたのはっきりした目なのに自分は
一重まぶたであったため、母親の目が羨ましかったという
(デビュー後の雑誌インタビューによっては、好きな
自分の体の部位として目を挙げた事もある)
高校時代 – 歌手志望へ
1977年、4月8日、カトリック系の久留米信愛女学院高等学校に
入学。ジャンパースカートとボレロの制服に憧れ、
父親も娘を淑やかなお嬢さんに育てたいという方針で
この高校が選ばれた😂キリスト教研究部に入部し、聖書の
勉強に勤しむ・・
行事の度に皆の前で聖書を読む「女神」という役職
(各学年で1人ずつ)に選出される。大ファンの
郷ひろみのコンサートが福岡で行われる度に観に行き
歌手に憧れるようになる。
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