AKB48が結成20周年という大きな節目を迎えた12月8日、東京・秋葉原のAKB48劇場では、まさに“歴史が動く瞬間”と呼ぶにふさわしい場面が訪れた。劇場には長年グループを牽引してきたプロデューサー秋元康氏(67)のほか、初代総監督の高橋みなみ(34)、グループ卒業後もタレント、司会者、プロデューサーとして大きな存在感を放つ指原莉乃(33)らが姿を見せ、メディアに向けて囲み取材が行われた。
この取材で最も大きな注目を浴びたのは、秋元氏が語った“作詞のバトン”に関する言葉だった。これまでAKB48の表題曲は、デビュー以来のすべて66作を秋元氏自身が手掛けてきた。言い換えれば、グループの世界観、テーマ、メッセージ性の根幹はすべて秋元氏が築いてきたと言っても過言ではない。だがこの日、その長年続いた体制に変化が訪れる可能性が明らかにされたのである。
秋元氏は取材の終盤、突然のようにこう切り出した。
「指原大先生が日本レコード大賞をいただけたので、ぜひAKB48の曲を書いていただきたいと思っています」
会場にいた記者たちも、隣で聞いていた高橋みなみも、そして何より本人である指原自身が驚きを隠せない様子だった。指原は「え!? うれしい。シングルの中に入れてもらえるということですか?」と戸惑いを交えながらも喜びの声を上げた。
すると秋元氏は、それ以上の言葉を重ねた。
「もちろん。よければ表題(曲)で」
単なるカップリング曲ではなく、AKB48の顔となる“表題曲”を任せる可能性があることを、秋元氏自ら明言したのだ。この発言はAKBの歴史における一大転換点として、その場にいた多くの人の心を揺さぶった。
秋元氏が作詞を指原に依頼する背景には、近年の指原の多方面での活躍がある。指原は、自らプロデュースするアイドルグループ=LOVE(イコラブ)で発表した「とくべチュ、して」で第67回日本レコード大賞作詩賞を受賞。アイドルとしてだけでなく、作詞家としても確かな評価を得た。秋元氏はその点を高く評価し、「結果を残した」という言葉で称えた。
また秋元氏は、AKB48というグループがそもそも多様な夢を持つ少女たちの集まりであることを改めて語った。
「AKBは元々、女優になりたい、歌手になりたい、MCをやりたい、そんなさまざまな夢を持った人たちが集まっている。そこに加えて、作詞家になったり、作曲家になったり、MVの監督になったりと、メンバーの中から新しい才能が生まれる──そんなグループであれば理想だと思っていた」
その“理想の姿”に向けて、まず最初に道を切り開いたのが指原であり、彼女の功績を記念すべき20周年のタイミングで正式に示したいという思いがあったのだろう。秋元氏は「指原大先生が日本レコード大賞を取った。すごいことですよ。もうぜひAKB48の曲を書いていただきたい」と、まるで長年温めてきた構想をここで解き放ったかのように語った。
この発表を聞いた高橋みなみは、「すごい瞬間に立ち会った」と驚きを隠せず、まるで新たな歴史の第一歩が刻まれたことを実感しているようだった。
現段階で、指原がどのシングルで作詞を担当するかは未定だが、すでにAKB48は2025年2月25日に67枚目のシングルをリリースすることを発表している。ファンの間では「そのシングルなのか? それとも次作以降か?」と期待が高まりつつあり、SNSでも話題が加速している。
20周年を迎えたこの日、AKB48は武道館での大規模公演を4日間にわたり開催し、計6公演で4万8000人を動員。かつてのレジェンドOGたちと現役メンバーが一体となった演出は大好評で、グループとしての存在感と可能性を再び強く示した。
その興奮冷めやらぬまま、秋葉原の劇場で行われた囲み取材で飛び出した“作詞バトンタッチ”のニュース。ファンにとっても、関係者にとっても、そしてAKB48という巨大プロジェクトにとっても、新たなステージが開かれた瞬間だった。
もし指原が実際に表題曲の作詞を担当することになれば、それはデビュー以来守られてきた体制の歴史的刷新となる。これまでずっと秋元氏の手で生み出されてきたAKBの歌詞の世界観に、指原の視点とセンスが加わることで、グループはまた新たな魅力をまとい、次の10年、20年へと続く未来の扉を力強く押し開くことになるだろう。
20周年を迎えたAKB48がどのように進化し、どんな新たな物語を生み出していくのか──その中心に、指原莉乃という新たな作詞家が立つ日は、そう遠くないのかもしれない。
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